週末に行政書士試験の過去問演習をしていて、次のような五肢択一問題に遭遇した。
代理人の行う代理行為に関する次のア〜オの記述のうち、民法の規定および判例 に照らし、妥当なものの組合せはどれか。
オ 代理人が制限行為能力者であったとしても、当該代理人の代理行為を制限行為能力を理由として取り消すことはできず、これは当該代理人が他の制限行為能力者の法定代理人である場合でも同様である。
(令和7年度試験 問題28より引用)
この選択肢オは「妥当ではない」という判断を下すのが正解である。
「代理人が制限行為能力者であったとしても、当該代理人の代理行為を制限行為能力を理由として取り消すことはできず」の部分は、民法102条本文のとおりで妥当である。
しかし、後半の「これは当該代理人が他の制限行為能力者の法定代理人である場合でも同様である。」は妥当ではない。
民法102条
民法102条はこう書かれている。
(代理人の行為能力)
第百二条 制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限によっては取り消すことができない。ただし、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、この限りでない。
本人の意思に基づいて代理権が生じる場合の「任意代理」と、法律の規定に基づいて代理権が生じる「法定代理」の区別がある。102条本文が規定しているのは、制限行為能力者が任意代理人の場合である。(一見すると、「代理人」が「任意代理人」に限定されないように取れるのだが。)
一方、但し書きでは「制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為」について規定されており、こちらは行為能力の制限を理由にして取り消すことができるとされている。(つまり、選択肢オの後半部分は妥当ではない。)
ところで、作問者の意図はなんだろうか。私は102条但し書きが問われている理由が気になった。そこで Gemini に質問してみた。
102条但し書きのシチュエーション
私: 民法102条の「ただし、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については、この限りではない。」とはどういう意味ですか?具体的なシチュエーションを教えてください
Gemini: 一番わかりやすいのは、「未成年の親(制限行為能力者)が、自分の子供(別の制限行為能力者)の親権者(法定代理人)として契約を結んだケース」です。
なるほどたしかに、本人 (赤ちゃん) の法定代理人 (親) が制限行為能力者 (未成年者) である。
Gemini: 17歳の母親が、赤ちゃんの法定代理人として、赤ちゃん名義の財産(祖父母から贈与された土地など)を、相場より遥かに安い価格で他人に売却する契約を結んでしまいました。
この時、もし民法102条の本文(取り消せない)だけしかないと、赤ちゃんは不利益な契約を押し付けられたままになってしまいます。
そこで「但し書き」の出番です。したがって「この限りではない(=取り消すことができる)」となり、母親の後見人(赤ちゃんの曾祖父母など)や、母親自身が、あるいは赤ちゃんが成人した後に、「あの契約は、親権者である母親自身が未成年(制限行為能力者)の時にやったことだから、取り消します」と言って、売却契約を白紙に戻すことができるのです。
つまり、但し書きでは本人が信任したわけではない法定代理人の場合に話が変わり、その法定代理人が制限行為能力者だった場合に本人の利益を保護するために規定されているのである。
仮に未成年の親に子供がいるケースがあったとしても、102条の但し書きが実際に適用される機会はめったにないだろう。それには主に3つの理由が考えられる。
法律上の制限やサポート体制があるため。
未成年の親であっても親権者にはなるが、その親自身が未成年である間は、子供の財産管理権を行使できない仕組み (833条など) がある。また未成年後見人の制度 (838条1号) もあり、周囲の大人がサポートする状態になる。 そのため、未成年の親が単独で暴走して契約してしまう、というシチュエーション自体が防がれるようになっている。
取引の相手方が取引を躊躇うため。
仮に不動産業者に17歳の親が「子供の土地を売ります」と言ってきたら...? 買い手の立場になってみると「あとから未成年であることを理由にひっくり返されるリスク」が丸見えで、まともな不動産業者なら、怖くて契約書に判を押せない。 実際には取引そのものが成立しないことで、結果として本人の利益が保護される。
裁判実務では利益相反で処理されることが多いため。
未成年の親が子供の財産を売るようなケースで、その売却代金を「親自身の生活費や遊び代」に充てた場合、これは「親の利益」と「子供の不利益」が衝突する「利益相反行為」(826条) にあたる。 このケースは親の無権代理行為となり、原則として本人 (子供) に効果が帰属しない (子供が追認しない限り無効である) ため、わざわざ102条を引っ張り出す前に決着がつく。
102条但し書きは、現実にはほとんど適用される機会のないレアな条文だったのだ。
102条但し書きの誕生
Gemini: 実はこの但し書き、120年以上の歴史がある日本の民法において、2020年4月の民法大改正で初めて付け足された新しい文章なのです。
一方、但し書きが規定される以前から、通説では、「制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為は、行為能力の制限を理由にして取り消すことができる」とされていた。
Gemini: 2020年の大改正は「国民にわかりやすい民法にしよう」というテーマだったため、「みんな頭の中では分かっているけど書いていないルール」をわざわざ明文化した、というのがこの但し書ききの正体です。
102条但し書きの立法事実
私: つまり立法事実はない?
Gemini: その通りです!鋭い着眼点ですね。結論から言うと、この但し書きには「新たな社会問題が起きたから、それを解決するために作った」という意味での立法事実(狭義 of 立法事実)はありません。
では、なぜわざわざ2017年に可決され、2020年に施行された民法改正でこれが追加されたのかというと、理由は「民法の『見える化』と論理の整理」にあります。
では、なぜ現実にトラブルが起きていないのにこの一文が追加されたのか。 102条但し書きが追加された背景にはいくつかの理由がある。(法制審議会民法(債権関係)部会 部会資料項目一覧, 民法(債権関係)の改正の必要性と留意点)
判例・通説の明文化のため。
改正前の民法は、明治時代に作られたこともあり、条文がシンプルすぎるあまり「条文には書いていないけれど、判例や学者の通説で補っているルール」が大量にあった。これでは、専門家ではない一般の人が条文を読んだときに、本当のルールが伝わらなかった。
そこで、2020年の大改正では「現実にトラブルは起きていないけれど、法律のプロの間では『当然こうだ』と一致しているルールを、ちゃんと条文に書き写して一般の人にも分かりやすくしよう」という方針が取られた。102条但し書きもその「書き写し作業」の一つだった。
制限行為能力者制度の「論理的整合性」を高めるため。
裁判で争われたことすらない (言い換えれば、誰も疑わないほど当たり前な) 決定事項だが、条文の文字だけを読んだ一般の人が「未成年の親の暴走も取り消せないのか?」と誤解するリスクを無くすために、あらかじめバグを潰しておく作業だった。
この改正により、「自分の意思で決めたことには責任が伴う (私的自治の原則) が、自分の意思が関与していないところで起きた不利益からは判断能力が不十分な弱者を守る (制限行為能力者の保護)」というロジックが102条でも矛盾もなく成立することになった。
つまり、102条但し書きにおける立法事実は、「現実に困った事例があったから」ではなく、「民法全体の論理的な美しさを整え、誰もが誤解なく読めるようにするため」という、極めてアカデミックで法技術的な理由だった。
現実の事件から作られた条文ではなく、法律というシステムの完成度を高めるために付け足されたパーツだからこそ、実例を見かけることがなく、学習していてどこかパズルのような面白さを感じるのかもしれない。